読むこと#25
宮本輝『錦繍』
こんなに引き込まれる書き出し久しぶり。
前略
蔵王のダリア園から、ドッコ沼へ登るゴンドラ・リフトの中で、まさかあなたと再会するなんて、本当に想像すら出来ないことでした。
(本文より)
このリズムと詩的な雰囲気。
何か裏に人間ドラマがありそうな気配。
うわ、これは面白い小説だ。
と直感して、一気に読み終えました。
かつて夫婦だった男女が、
「ドッコ沼へ登るゴンドラ・リフト」に偶然乗り合わせる。
夫婦が別れたのは、
色々端折って言ってしまえば、男性の不貞(に端を発する壮絶な事件)が原因。
そんな2人が、10年ぶりにばったり再会、
手紙のやり取りが始まる。
本文は、女性から男性、男性から女性への手紙の形式で完結します。
別れた当時から現在のこと。
お互いに告白し合いながら答え合わせをしていくのだけど。
腹を見せ合うでもない、傷を舐め合うでもない、絶妙な駆け引きの空気から目を離せない。
1枚ずつ手札を切っていくような、どこかヒリヒリした緊張感が漂います。
また、女性は再婚して一人息子がおり、
男性も一緒に暮らす女性がいる。
お互いとの別れによって一度死んだようになった2人が、今はそれぞれ生きる理由をもっている。
手紙の内容が、
初めは別れた原因について、そこから、現在、未来へと少しずつ視線が変わっていくのもいい。
明るい話ではないけど、読後はすっと優しい光が差したような感じがしました。
これだから読書はやめられない。