読むこと#16
吉本ばなな『キッチン』
一貫して”死”の気配が漂っているのに、
清らかで穏やかで、澄んだ物語。
こんな小説、読んだことない。読んでよかった。
本書に収録されているのは3編。
表題作『キッチン』とその後日譚である『満月』、
2作とは別の物語『ムーンライト・シャドウ』。
すこし奇妙な設定も魅力の一つなので、
あらすじは伏せておきます。
3編とも、大切な人を亡くした人たちの物語。
彼らが、”悲しみを受け入れて前を向く”っていうのとはちょっと違うような…、
悲しみも寂しさも全部食べて、生きていく。
うまく言えなくて歯がゆいけど、
主人公たちの姿からはそんな印象を受けました。
また、読んでいると、
”死”や”孤独”のにおいがする物語なのに、
同時に静かなエネルギーに満ちているのを感じます。
矛盾している気がして、不思議に思っていたのだけど。
『満月』のある場面で、主人公が言うんです。
「でも今は、とにかくカツ丼よ。」
って。
ここを読んだとき、すっと合点がいった。
食べることは生きることなんだ。
ぽっかりと心に穴が開いて、どこかへ行ったっきりになってしまいたい夜も、私たちは食べる。
食べて、生きていく。
自分の帰りを待っている人がいること。
一緒に食事をする人がいること。
それはこんなにも、今日を生きる理由に輪郭をもたせてくれる。
仕事帰りの電車で読み終えて、気づいたら家に早足で向かっていました。
これだから読書はやめられない。